毎日幸せを感じるために

幸せをもっともっと感じるために、毎日の気づきを書いていきたいと思います。

小豆を炊く

こんにちは、あんです。



昨日、小豆を炊きました。


2年前に買った小豆です。いつか煮よう煮ようと思ってたら、いつの間にか2年が経っていました。


こちらで買う乾燥豆は、日本から来た物でも、柔らかく煮るのに失敗することが、結構あります。私の堪え性が足りないのに加え、空気が乾燥しているのも原因かなと思います。味をつけた後に、いまひとつ柔らかくないのに気づき、「私は硬めに炊きたかったのだ」と自分に言い訳をすることがしょっちゅう。


昨日は外出の予定がなかったので、家でまったりとしていました。ずっと絵を描いたり動画を聴いたりしていましたが、午後になって、ふと何か甘いものが欲しくなった。


このところ自己最適体重を2キロほどオーバーしているので、甘いペストリー類の買い置きをしていませんでした。


何か甘いもの…


少し肌寒い曇り空を眺めていて、思いつきました。そうだ、こんな日はのんびり豆を煮るのがいいんだなあ。


小豆は確か、一晩水につけなくても、いいんだよな。そうだ、小豆を炊こう。


そして、がさごそとストックを入れているカゴを探り、出て来たのがこの2年前に買った小豆。


多少古くて、固く炊けても、いいや。ぽりぽりと食べたらいいのよ。少しお砂糖を入れて、うす甘い豆を、この外国の地でいただくのもいいんじゃない。などと自分に話しかけながら、でも、今回は根気強く、ゆっくり煮てみよう、と思いました。


そして、二回茹でこぼした後、茹でること1時間ほど。指では潰れないけど、もう食べたら美味しい、というところまで行ったのを、もう一踏ん張りして、さらに1時間、ごく弱火で放っておいたら、なんと、指で潰れるくらいまで、綺麗に柔らかく炊きあがってました。


そこへ、ライトブラウンシュガーを優しく加えて。お鍋をそおっと揺すってお砂糖を混ぜて。火を止めて蓋をしてしばらくおいて。


米国へ来て初めてか、と思うくらい、美味しく小豆が炊けました。


温かいのを少しいただく。ここに焼いたお餅を入れてもいい。妄想が膨らみます。


小分けにする容器がなかったので、昨夜は鍋のまま冷蔵庫へ。冷たい小豆に白玉を入れるのもいいなあ。また妄想。


そして今日、お昼過ぎ小腹が空いた時に、この小豆のことを思い出しました。今日は昨日よりは気温が高め。冷たい小豆が、美味しいかも。


鍋を冷蔵庫から出して、お行儀が悪いですがお鍋から直にスプーンですくって、試しにひと口。


美味しいいいいい。


日本人として生まれて、こういう甘みが理解できるように育ててもらって、本当に良かったなあ、と思う瞬間です。


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おまけの写真。



紫陽花の絵を、木曜日から再挑戦しました。今度は焦らないように焦らないように、丁寧に丁寧に。構図もちゃんと考えて。筆を持つ指が疲れたら、ちゃんと休んで。目も疲れるので時々遠くを見たりしながら。途中で小豆を炊いたりしながら。


まだ完成ではないですが、今回は方向性が見えてきました。本当に何事も、練習(根気も)あるのみ、ですね。


細かく描き込んでいくのが、やってると瞑想をしているみたいで、気持ちよくはまります。このまま続けると、描き込み過ぎそうなので、一旦置くことにしました。続きはまた今度。


この細かく描く感覚を忘れないうちに、猫の絵に取り掛かろうと思います。


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今日のリリィ。



朝のベッドでビヨーンと伸びているリリィ。まだ眠そうに目がとろりとしている。


人間がベッドを去った後の、彼のお気に入りスポットです。もうしばらくすると、「そろそろベッドメイクをして、その上にブランケットを広げてくれろ」とお願いが入ります。


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今日も良い1日になりますように。




紫陽花の絵を描いてみる

こんにちは、あんです。



ゴールデンゲートパークで見つけた紫陽花です。くっきりした白が清々しく、がく(花のように見えるもの)の一枚一枚の形が可愛い。


こんな初々しい紫陽花もありました。



自己流で水彩画を描いています。
とても楽しいです。


実は、もう随分前から、紫陽花の絵を描こうと思っていました。


ブログにポストしていらっしゃる絵に触発されて、あああっ私も描こう!と思ってからもう数週間。(そのブログ記事、ここにご紹介してしまいます。)



告白します。紫陽花は、私には(まだ)描くのが大変でした。


紫陽花は、小さな花のように見える「がく」の集合体。「がく」には花びらのように見えるパーツが、基本それぞれ4枚あります。それが無数に集まって、ぎゅっと花束になったような形態。「がく」のその4枚のパーツが、押し合いへし合いになって、あっちへ曲がったりこっちへ曲がったり、表情がそれぞれ違う。しかも、そのパーツそのものも、よ〜く見ると筋がたくさん走っていてディテールに富み、色合いも真珠のパウダーがかかっているような繊細な光に満ちている。


眺めていれば、もう永遠に眺めていられるくらい美しい。描いてみたいと思いました。


その形態から「難しいかな」と弱腰だったのを、勇気を出して下絵から描き始めたのですが。


やっぱり〜


思うように描けない〜


描けない〜


描けない〜


下絵の段階でとても手間取ってしまったので、もう思い切って色をつける事にしましたが、ああああもう難しい。絵を描くのって、こんなに大変だったのか。もう…今後水彩画を続けていくのが…


ますます楽しみになってしまいました!(はははっ!)


と、いう事で、まだ完成してないのですが、もしかしてこれは完成しないかもと思うので、現時点での写真を、ここにポストする事に決めました。


色はプライマリー(三原色)だけを使って。色作りも楽しい。無限の可能性です。


ああああ〜。ちょっと、やっぱり、今回は失敗かなあ。
失敗は成功のもとですね。次に繋げます。


絵については夢があります。数年前に女の子の猫を亡くしましたが、この子は完全に室内飼いでした。例えばワンちゃんのように、一緒に外出して自然を眺める、という経験はしませんでした。でも多分この子はお花が好きだったなあと今でも思っています。ベランダなどへ出て花の匂いを嗅いだり、よくやっていました。


絵を描き始めた時、絵の中で、この子を自然の中へ連れて行ってやれるなと思いました。花の絵を描くのも、その練習です。


最近やっと、この子のパターンを描き始めました。昔撮った写真を元に。今の写真に比べると不鮮明で、なかなか大変ですが。



亡くなる前日、パティオに出してやったら、買ったばかりでまだ鉢を替える間もなかったマダガスカルジャスミンのそばへすぐに寄って行って、気持ち良さそうに花に顔を向け、そよ風に当たっていました。その表情を、私は多分、ずっと忘れないと思います。


出来上がったパターン#1


この子のいろんな表情のパターンを準備して、様々な花や緑とともに描いていくのが夢です。


今日は、お姉ちゃんの写真を出しましたので、リリィはお休みします。元気です〜!今日も肌寒く、ブランケットに潜っています。


最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
今日も良い日でありますように。


高い周波数を発する

こんにちは、あんです。


瞑想中のリリィ。


先日、瞑想について会話をしていた際に、こんなことを聞きました。


『動物は、周波数でコミュニケーションをしている』


知ってはいましたが、現実の会話でその内容を聞くと、ああやっぱりなあと、改めて腑に落ちる感じを受けました。


何かに集中している


うちにはオスの猫がいます。名前はリリィ。13歳。生まれて数ヶ月で私の家族になった黒猫です。


この猫が、とても繊細というか、非常によく同居人(私)の気分を察する。もう、嫌になっちゃうくらい、察するのです。


私が安定した気分でいると、彼も安定した様子をしています。ベッドの上など少し高めの場所でのんびりとくつろいでいたり、部屋の中をとことこと歩いたり、自分のニーズに従って、私に話しかけてきたりします。


ちなみに今、こうやってiPadに向かってタイプをしていると、彼は私の後ろを通過してバスルームの方へ歩いて行ったり、ベッドの上へ上ったりと、のんびりと動き回っています。

所々で立ち止まって、ペロペロと毛づくろいをしているのも聞こえるし、歩いている姿を見れば、尻尾は上方へゆらゆらと上っている。あどけない顔を私へ向け、私が見ているのに気づくと、とととっと寄ってきて,その額を私の足元にコツンとぶつける。


私の気持ちが安定していないとき、彼の体は四角く縮こまり、ベッドの脇の床の上に、硬くなって座っています。以前は、例えば私が何か理由があって不快感を持ち、しばらく経ってリリィの姿が見えないことにやっと気付いて探し、何かの下でリリィが小さくなっているのを発見することがありました。今はワンルームに住んでいるので、そうやって隠れることができる場所が限られてきたこともあり、そういうときの彼の定位置はベッドの横になっています。


彼は、私をよく観察しています。(ということを、この数ヶ月でやっと観察・認識しました。)


じいいいっと私の後方の何かを見ている(私には何もみえないんですが…)


私がなんらかの情報を受け取り、私の感情に波が出たとき、彼はその大きな目で必ず私を見ています。それまで、例えば私の真横にくるっと丸くなってぐるぐる言っていたのが、体が硬くなり、背中は低く、上目遣いで私を見る。そして、まるで諦めたようにあちらを向き、スススッと低い姿勢で私のそばから離れ、ベッドの横の床にピタッと座る。嵐が過ぎるのを待つように。


もうそうなってしまうと、私がどんなにあやしても、おやつを出しても、だめです。


そこで、話は冒頭の、『動物は周波数でコミュニケーションをしている』に戻るのですが。


私がいくら、「リリィちゃん大丈夫よ〜ママなんにも怒ってないよ〜ほらほらおやつだよ〜」と言ったところで、彼には通じないのです。なぜなら、彼は言葉を理解するのではなく、私の発する周波数を感じているのだから。


リリィがもっと小さかった頃は、常にもっと平常心でいるようにみえました。その頃いたお姉ちゃん猫は、私の気分を常に敏感に察していたようでしたが、リリィは、私が怒っていようが泣いていようが、お構いなし。どこかあちらの方で、ビヨーンと伸びてのほほんとしているように見えました。(「あんたはお気楽でいいねえ」と良く話しかけていました。)


びよーん 彼の両腕はとても長い


人は、幸せなことを考えている時に高い周波数を放ち、怒っている時や悲しんでいる時には、低くて荒い周波数を放つそうです。この高い周波数というのは、人や動植物に良い影響を与える。逆は、言わずもがなですね。


良い周波数は、自分で作り出せるものだそうです。私もやってみています。簡単です。


幸せなことを考えれば良いのです。今現在が幸せなら考えやすいですね。もし、今辛い状況でも、過去のどこかで、幸せだったことがありますね。それを思い出します。


その「幸せだったこと」が、その後の「それほど幸せではない状況」に繋がっていたとしても、その「幸せだったこと」にフォーカスをすれば良い。前後がどうであれ、その瞬間は幸せだったのだから、その幸せの気持ちを思い出せば良いのです。


その「幸せな気持ち」を感じ続けていると、自然に自分の発する周波数が高くなるそうです。


周波数が高くなった証の数々。


さっきまで硬くなっていたリリィが、いつの間にかお気に入りの場所に入り込んでくるっと柔らかくなっていたり。
さっきまで感じていた頭痛がそういえば消えていたり。
さっきまで感じていた不愉快感が、「あれは一体なんだったんだろう」と思えるくらいまで解消していたり。「私は何にそんなに怒っていたんだっけ」みたいな。


果ては、部屋の空気が清浄になったり、生けている花が生き生きとしてきたり、部屋の隅の埃がたまりにくくなったり、するそうです。なんだかそれ、わかるような感じが、私はします。



今日のリリィ。窓を開けていたら少し肌寒い。ブランケットを広げたら早速中に。


ブランケットをはぐってみました


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今日も良い日になりますように。