毎日幸せを感じるために

幸せをもっともっと感じるために、毎日の気づきを書いていきたいと思います。

今日のヨガ

こんにちは、あんです。


ヨガのクラスに行ってきました。インストラクターによってクラスの雰囲気が違い、今日はアンドレアのクラス。どちらかというと小柄の、耳から耳につながるような大きな笑顔の持ち主で、ヨガセッションにチャンティングをよく取り入れ、よく通るいい声に惹かれて通っています。彼女の語る話にはいつも内観を促されるのですが、今日の話にはとても影響を受けたので、それについて書きたいと思います。



二人の僧が修行の旅をしていました。川に差し掛かった時、1人の女が、水量が増した川を渡れずに、困った様子で川のこちら側に立っていました。僧のうち年配の方が、その女を抱えて川を渡りました。
若い方の僧は、その年配の僧の行動に不快な気持ちになりましたが、相手が年配であることから敬って、何も言いませんでした。しかし、何日も経つうちにどうしても耐えられなくなり、年配の僧へ尋ねました。


「あなたは何故、あの女を抱えたのか。我々は修行中で、女に触れてはいけないはずではないのか。」


年配の僧は答えました。


「私は女を抱えたのではない。川を渡れなくて困っている人を抱えたのだ。
あなたの方こそ、あの川から現在まで、あの女を連れてきているのではないのか。」



この話はクラスの始めにあり、正直とても動揺しました。今日のヨガのクラスでは、ポーズを作りながらもほとんどの時間をこの話を考えながら内観をして過ごし、最後の瞑想中でも呼吸を落ち着けるのが少し難しかった。その分最後のオームはお腹から大きな響きで唱えたつもりです。


クラスの帰り道は、歩いてほんの5分ほどの距離です。建物を出て、まずとてもいいお天気の少し薄く霧がかかった青い空を見、ちょっと冷たい心地の良い風を受け、通りの人、一緒に歩いているちっちゃいわんちゃん、お昼ご飯の箱をたくさん抱えて歩いてるおっちゃんとかとすれ違いながら、今から、この瞬間から先の未来のことだけを考えて時間を過ごしたいと思いました。家に着く頃にはすっかり笑顔になり、玄関先のハチドリのフィーダーからハチドリが飛び立ったのを確認し、その下で寝ている近所の猫に挨拶をして家に入り、うちの猫に挨拶し、水を一杯飲んで、これを書きました。


読んでいただいてありがとうございます。とりとめのない、それこそ呟きのような内容ですが、私の感じたことが少しでも通じていればうれしいです。

×

非ログインユーザーとして返信する