小さなブーケを
送り火の日の花屋でのエピソードを。
今週はそろそろ学校が始まることもあって、いつもならのんびりしている水曜日なのに、店の中はとても賑わっていました。なぜかお花も、それこそ飛ぶように売れて行く。ディスプレイ用のバケツを空にしておかないことが、私のここでの最大の使命なので、なくなりそうな花の在庫を冷蔵庫に取りに行ったり、その日運ばれて来た箱詰めの花を捌いたり、頼まれたブーケを作ったり、くるくると忙しくしていました。
夕方、ブーケを作ったり、花をお客さんと一緒に選んだりしている時に、ひとりの女性の方が、しばらくお花を見ていらっしゃるのに気づいていました。小さな黒犬さんを連れている、小柄なアジア人。
しばらくしたら声をかけてこられた。
『お花を選んだら、ブーケにしてもらえるんですか?』
身振りから、小さいブーケが欲しいようだった。
『そうですよ〜、小さいブーケですか?』
『小さいブーケを小さい花瓶に入れたいんです』
『ああ、それだったら、出来合いの小ぶりの花束がありますよ。ここと〜、あそこと〜、あの辺にも〜』
その時作っていたブーケにリボンをかけながら、振り向きざまにいくつかの小ぶりの花束のディスプレイを指差す。ここは、自分でパッケージになっているものを手にとって、レジに持って行って支払うシステムなので、適当なものを見繕ってレジへ持っていかれるだろうなあと思っていました。
しばらくして、私の手元が開いたので、先ほどの黒犬を連れた方はどうされたかなあ、とディスプレイの方へ廻ってみたら、小さなブーケを手にとって、まだ佇んでいらっしゃる。
『何か見つかりましたか?花瓶に入れましょうか?』と声をかけてみる。
花瓶を見せてください、とおっしゃるので、そのブーケに合うと思う可愛い瓶を見せる。メイソンジャーといって、ジャムなどを保存する瓶を、花瓶の代わりに使うことが多くて、ここでもいくつか取り揃えている。安価なので買って行かれる方が多い。
『メイソンジャーですけど、この花束にはぴったり合いますよ』
『いえ、そういうんじゃなくて、ちゃんとしたのが欲しいんです。〇〇のために花を飾りたいので』
声の細い方だったのと雑踏で、はっきり聞き取れない。普段だったら、そっちじゃなくてこっち、と言われたら、ああそうですね、と言って希望のものを差し出すけれど、その時は何かが気になった。
『今、なんとおっしゃいました?』
『ああ、だから、それ(ジャムの瓶)じゃなくて、本当の花瓶が欲しいんです』
『いや、そうじゃなくて、その前、なんておっしゃいました?』
普段はそんなにしつこく聞かないのに、聞かなきゃいけない、と思った。
『亡くなった猫に供える花なので、値段が嵩んでも気にしないんです』
きた〜と思いました。やっぱりそうか、何かあると感じた。
『あああ、そうなんですねえ。I am sorry for your loss. Awww it must have been hard. I feel you. お悔やみ申し上げます。辛かったですねえ。わかります』
『日本人ですか?(ここにいると、お互い日本人だと気づかずにずっとお互い一生懸命に英語で会話してたりすることがよくある。)』
韓国から来られた方だった。そうなんだ、猫ちゃんを亡くされたんだ。
黒犬ちゃんがまだいるし、もう1匹猫ちゃんを飼っていらっしゃるとのこと。
『ああでも、それでも、辛いですね』
『そうなんです、急だったので、まだ12歳だったのに』
『ああ心の準備ができてなかったですね。辛かったですね』
そして、何かが乗り移ったかのように、口が動く。
『日本の習慣でね、今、この時期、亡くなった人とか物の魂が、帰って来るって言われてるんですよ。ちょうどこの三日間だったの。きっとね、猫ちゃん、帰って来てましたよ』
お互いの目元が緩み始める。
『私も数年前に猫を亡くしてね。でもこの数日帰って来てると思うの』
『えええっ、気配、感じるんですか?Do you feel it? 』
ここでも、きた〜って思いました。やっぱりそう来るか。
『あのね、もう思い込みなんだろうと思いますけど、でも、気配を感じている、と、思っています』
『そうなんですねえ…』
私はその日、この人とこの話をするために、そこにいたんだなあと思いました。
実際に、選んでいらした花束にはそのメイソンジャーがぴったり似合うので、メイソンジャーをお買い上げ。
お支払いをされている間に、水切りをした花束をジャーに生けて、箱に座らせティッシュやセロファンの洋服を着せて、リボンをかける。心を込めて。多分本猫ちゃんも不本意に逝っちゃったんだろう。びっくりしたねえ、ママ寂しがってるねえ、大丈夫だからねえ。心配しないでね。
男の子だというから綺麗な濃い緑のリボンを選びました。花束の根元、ジャーの口元へ、まるで猫ちゃんの首元へリボンを巻いているように、キュッと蝶々結びを、バランスよく、キリッと。