毎日幸せを感じるために

幸せをもっともっと感じるために、毎日の気づきを書いていきたいと思います。

西洋文化と日本文化

こんにちは、あんです。


数ヶ月前から、お茶のお稽古に通っています。お茶は、渡米した18年前に、その渡米の直前の三ヶ月ほどお点前のさわりを知人に教えていただいて、あとはほとんどそれっきりになっていました。昨年現住所へ引っ越しし数ヶ月して落ち着いた頃、さて私は一体、この時点この場所で、何が本当にやりたいのだろうと考えていた時に、お茶の話題を地元の新聞などでいくつか目にし(シンクロニシティですね)、この街に正式な裏千家の支所があることがわかったので早速アプローチをし、少々経験があるということで(超少々なんですが…)すでに途中まで進んでいた初心者のクラスのたまたま一人分の空きがあるところへ(絶対これもシンクロニシティ)、入れていただきました。


お稽古へ伺う度に、それこそ襟を正す気持ちになり、歴史への興味が湧き、心が洗われるように感じます。また、どうしてこう柄杓は私が手にすると転ぶんでしょう、と悩んだり。(本当に、いつも、際限なく転がっていきます。家で落ち着いたつもりで練習していても転ぶ。)


私の中には、ヨーロッパ芸術を愛する私と、日本の伝統芸術を愛する私とがあります。特に渡米直後は、いきなり身近に和のものがなくなったために、特に日本の伝統芸術を欲したということはあると思います。まさしく無い物ねだりですね。日本から持ってきたお気に入りの漆器を触る。床に座って目を閉じて風や木々のそよぎを聞き気持ちを整えて、盆手前をやってみる。しばらくそれをやって気が済めば、今度は立ち上がって、譜面台を立て、楽器を組み立ててクラシック音楽をやる。また和のものが恋しくなり、床に座って目を閉じる。


数年経って自分の置かれている状況を、おそらくそれなりに理解できるようになり、そこまでの大幅な気分の変化はなくなりましたが、いまでも、自分が大体2つの部分に分かれているなあとは感じます。日本の伝統を欲する自分と、西洋の文化を感じたい自分。


また、特に私の目は若い頃からヨーロッパへ向いてたので、ヨーロッパに比べれば歴史の浅いアメリカ"なんて"、という感じでアメリカを見ていたところもあります。正直今もです。すごく失礼ですけどね、住まわせていただいているのに。


私の中の、何かが分離しているような感覚は、いずれすっかり溶けてなくなるのかもしれないし、ずっと私の最期の日まで分離したままかもしれない。分離がもっと進むかもしれないし、何か変わったものになるのかもしれない。今これを書いているこの瞬間に思うのは、どのようになってもそれは私であり、そういう自分をずっと大事にしていこうという気持ちです。


最近読んだジュリアキャメロンの言葉。


自分をかけがえのない大切なものと扱うことが、自分を強くする。
Treating yourself like a precious object will make you strong.



写真は、近所の公園のユーカリの木です。週に1回ほど通るのですが、特に帰り道に、いろいろ考えている私を、無条件に大きく受け入れてくれるなあと感じる木です。


読んでいただいてありがとうございました。

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